暗い部屋で一人テレビをつけたまま
僕は震えている 何かを始めようと
THE YELLOW MONKEYの『JAM』の歌詞である。
イエモン-FAN'S BEST SELECTION-[初回盤 CD+DVD]
- アーティスト: THE YELLOW MONKEY
- 出版社/メーカー: 日本コロムビア
- 発売日: 2013/07/31
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三年ぐらい前にボーカルが再婚し、二年前に活動を再開したTHE YELLOW MONKEYであるが、独特のリズムと考えさせられる歌詞がとても魅力的である。
友人がある女性に利用された話を聞いた。
酷く傷心状態であったので慰めたのだが聞いていると相手側の情のなさに鳥肌が立ってしまった。
人付き合いにおいて多少は情があるべきだと考える。
人と人との繋がりは大事にしたいと感じているが最近になってきてメリットとデメリットを考えるようになってしまった。
この人と関わっているとろくなことがないなぁという人がごく稀に存在する。
そういった方との関係はなるべく切るようにしている。
昔はその人の悪い部分を改善させようと努力したもんだが余地が見られたパターンが一つもない。
それだけ自分に影響力がないことはわかっているのだが己の利益しか考えていない人が多かった為、どうにも改善することができなかった。
関わっていてデメリットしかないと感じる人の多くは人間関係を搾取する側としか考えていない強欲な所が目立っていて、不信感を募らせてしまうケースばかりな気がする。
人と人との繋がりや関係に平等性を与えてほしい。
真面目な奴がバカを見る世界に嫌気がさす今日この頃である。
嫌な気持ちにならないように生きていけたらなぁ。
サラバ、またいつの日か。
大好きな事がしたくない
明日が怖くて死にたくなる
逃げてしまえば楽だけど
逃げても悔しさでまた死にたくなる
Acid Black Cherryの『Re:birth』という曲の歌詞である。
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Re:birth(DVD付)(初回生産限定)(ジャケットA)
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今Acid Black Cherry自体はボーカルが療養中のため活動休止しているが以前にも声帯の病気で休止しており、その時に感じた想いを歌詞にしている。
自分自身のやりたいことに夢中になりすぎたが故にそのやりたいこと自体に恐怖を抱き遠のくことがある。
果たしてこれで正解なのか、間違ったことをしてるんじゃないかと不安に押しつぶされそうになる。
今やってることに疑問を持つようになった時は初心に帰ることをオススメする。
自分がなぜこれを好きになったのか。
自分がなぜこのことをやり始めたのか。
考えた時にあんまり思い出せないことなのなら本能的に好きになったことなのだろう。
だからきっと自分のやりたいことであるはずだ。
自信を持って前に進んで欲しい。
どうしても世の中がすぐ結果を求めてくるせっかちな人が多いため生き急ぐことがよくあるがゆっくり結果を出せばいいと思う。
じっくりと、じっくりと。
いかんカレー煮込みすぎた。
サラバ、またいつの日か。
眩しかったあの時代を 昨夜不意に思い出した
胸の奥底痛むよ 断片的でしかないくせして
[Alexandros]の『ムーンソング』という曲の歌詞である。
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最近僕がどハマりしている[Alexandros]は中東訛りの英語をよく喋る超イケメンギターボーカルとロン毛でいい男のベース、ちょっと陰気だがどこかミステリアスな感じのギター、そしてスーパード派手だが可愛らしいドラムで構成されている。めちゃくちゃ簡易的な説明だ。(ファンに失礼)
自分自身の人生の中でとても輝いていた瞬間というものは誰しもあるもので。
僕自身の輝いてた瞬間は小学校のとき自らが設立したお笑いクラブというもので構成員を集めコントを書きみんなの前で発表していた頃だと勝手に思っている。
あの頃の僕は様々なコントを見続け(当時はレッドカーペットとエンタの神様が全盛期)インスパイアされたものをクラスの前で発表し、めちゃくちゃスベる時もあればものすごくウケた時もあった。
数人でコントをしていたのだが構成員が勝手に暴れ出した時は半端なくスベったし可哀想という声をいただくレベルだった。
そこで学んだことを次の発表の時に活かそうと休み時間にたくさん練習をし、台本を何度も書き直してと試行錯誤を繰り返したあの日々は僕にとってはかけがえのない思い出だ。
あの時ほど何かに熱中した時は後にも先にもないと思う。
何かに熱中している時ほど時間があっという間に過ぎる。
割と苦しかった思い出も断片的ではあるが"思い出"という記憶の中で美化されたりするものである。
それは全体としてくくった時に思い出が楽しかったという想いが上回ると総評として収められるのではないかと考えてしまう。
どんなに苦しい思い出も自分の人生とくくってしまえばきっと美化されるであろう。
四月は節目の月だ。
皆新たな場で何かを始める時期である。
そこで何か輝ける時があればそれで良いと思う。
楽しい思い出も苦しい思い出も全部自分の人生に収められる。
素敵な人生を送れれば豊かになる。
自分の人生は自分が主役なのだから。
RPGって深いね。
サラバ、またいつの日か。
出会いと別れの狭間で人は
突然悪魔に…
ONE OK ROCKの『恋ノアイボウ心ノクピド』の歌詞である。
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今や海外でも有名なこのアーティストの3枚目のアルバムに収録されているこの曲は非常にスピーディーかつエモーショナルな仕上がりとなっている。是非聴いてほしい。
3月は別れの月、4月は出会いの月である。
惜しむ別れもあれば光栄な出会いもあるので人生は本当に巡り合わせであると常々感じている今日この頃。
人見知りな僕は出会いの季節は楽しみな反面憂鬱な気持ちになってしまうこともある。すぐに仲良くなれればいい話なのだが、いかんせん不器用なので距離の詰め方や人柄を読み取るのに随分と時間がかかってしまう。
この徐々に仲良くなっていく工程にもどかしさを感じてしまう性分だ。
心を開いていく様子に嬉しさも感じるが照れ臭い気持ちにもなる。人と人との距離に感情が生まれるのは人間ならではの特徴的なものであると感じる。
人間は素晴らしい生き物だ。
環境が変わることにストレスを感じてしまうこともあるが新しいことにチャレンジすることや今までにないことを経験することは時間の流れを遅く感じさせるものだ。
希望を持ってこの出会いと別れの季節を乗り越えて欲しいものである。
サラバ、またいつの日か。
このブログではありますが本日卒業を迎えました皆様。ご卒業おめでとうございます。
夢に向かって大きく羽ばたき、社会の木鐸たる役割を果たして下さい。ますますのご発展を心よりお祈りしております。
今世界は透明な自由を
海に沈めたような無数のaquarium
布袋寅泰の『Aquarium』の歌詞である。
最先端の音楽を追いかけ続けている布袋氏による最新のアルバムなので是非聞いてほしい。
もっと柔軟な考えをしなければならない。
もっと気持ちを張り切りすぎず、楽な心持ちでありたい。
失敗したっていいじゃないか。
成功に基準なんてない。
やりたいことをやろう。
自分の人生だ。
自分が主役だ。
この就活シーズンに差し掛かってくると投げたくなる言葉を並べてみた。
共感してほしい反面、人生の岐路なんだからもっと真面目に考えろ!と喝を入れてしまいたくなる気持ちもある。
自分の人生なんだから自分のやりたいことをやろう的な事をよく聞く。
極端な話自分のやりたいことが法に触れてしまう内容であればその時点で夢を叶えることは潰える。
教育が悪かったといえばそれまでだがその人にぴったりな教育法なんて恐らく当てることは困難であろう。
自分のやりたいことをバカにする権利は他人にはないしそれを剥奪する権利もない。
しかしながら他人に迷惑と思われてしまうのであればそれはやってはいけないことである。
こんな事を書いている僕はやりたいと確実に思うことは今まであまりなかった。
しかしながら人の迷惑にはなりたくないと常々考え、できれば細々と生活をして隠居をしたい性分であった。
こんな閉鎖的な性格であったが久々にある本を読み返してみた。
今をときめくオードリーのツッコミ担当若林正恭氏が書いた本である。
なかなかに歪んだ性格をしているこの本の筆者であるがネガティブな考えを全面的に文章に起こしている。
それ故に一度読み終わった時の気分が落ちること滝の如し。
しかし一度時間を開けて読み直すと妙に納得をしつつ、ちょっぴり前向きな気分になった。
これといった理由はないのだがネガティブに考えるのは無駄というのがわかった気がする。
あくまで気がするという感覚である。
今人生の大きなターニングポイントになるであろう活動をしている方が多い。
この活動の中で自分の心をへし折られる事が多々ある。と聞く。
気にすればするほど無駄である。
自分のしたい事をすればよいし、それでお金を稼げばいい。
就いた会社がなんか違う気がしたら転職をすればいい。
何度だってやり直しは効くようにこの国の制度はしっかりとしてはいる。
自分が納得するまで試行錯誤を繰り返していけばよいのだ。
なんらかの事情があって自分のやりたい事ができないのであればそれも運命である。
多少受け入れるのに時間はかかってもよいがその状況に適応してまた新しいやりたい事を見つけるのが先決であることは言うまでもない。
やりたい事が特にない人は人の役に立つことをしてくれればそれでいい。
そうやって世界を回してくれれば平和である。
人間ってなんだかんだ素敵な生き物である 。
なお主は就活をしない模様。
サラバ、またいつの日か。
二人に同じだけ幸せが降るように
Skoop On Somebody の『eternal snow』の歌詞である。
この方々は親父がきっかけで知った人たちだ。
親父の車に乗るとよくこのアーティストの曲が流れていた。
甘いバラードから元気になるポップスまで様々だ。
主にバラードを中心に歌っているR&Bグループのため大人な感じを漂わせる曲が非常に多かった。
子供ながらに聞いていた僕は何が何だかさっぱりであった。
「このアーティストのなにがいいの?」と親父に問いかけると
「この歳になればわかるよ。」
と返される。
妙なモヤモヤを抱えつつ、時間がこの出来事を記憶の中から忘却させた。
月日は流れ親父の車を運転させてもらえるようになった。ふとカーナビの中に録音されている音楽を垂れ流しにしてみた。
すると幼い頃に聞いたSkoop On Somebody の曲が次々と流れてくる。
何かノスタルジーな気分が襲ってくると同時に新しい感覚が芽生えた気がした。
あの頃はなにもわからなかったが今聴くとすごくわかる歌詞に勝手に酔いしれてしまったのだ。本当に勝手だ。
自分がやっとこのアーティストの曲が理解できるまでに成長した事への喜びを感じる。並行して悲しみの歌詞に対して理解ができるまでにもなってしまっている自分がいる。
人間は時が経つにつれて様々な経験を重ねる。
その経験値はたくさんある人もいればあまり行動的ではない人は低いものである。
経験して自分の成長に繋げるものもあれば失意のどん底に突き落としてくれる経験もある。
後者の場合でも次の経験に生かす貴重な体験と思えばいいものであるかもしれない。
しかしながら悲しい経験がトラウマになり、なにも行動できなくなる人もいる。
自分のその行動が、その起こしたアクションが、もしかしたらある人にトラウマを植え付けてるかもしれない。
とある研究結果によると、人間は本当に悲しい出来事が起こると自己防衛本能としてその記憶を喪失する仕組みになっている。
辛い思いをすると人間の脳が壊れてしまうためこういった反応をするのだとか。
我々は中々都合のよい頭をしているため、脳の中でまだ記憶されている悲しくて辛い出来事は衝撃で忘れるほどではないのなら記憶するべきと脳が自然と判断しているのだろう。
したがって、それらの記憶はきっと自分の今後の行動の中で活かすべきという暗示ではないのか。
都合のいい頭をしているんだ。
都合のいい考え方をして、悲しい記憶も利用して自分の人生を楽しい方向に寄せていこう。
それが大人になるという事かもしれない。
要はなにが言いたいかっていうと!
Skoop On Somebody は最高のアーティストです。
サラバ、またいつの日か。
人の不幸が大好きさ
BOØWYの『MORAL』という曲の歌詞である。
初期の頃の曲なので荒れ狂った歌詞だ。
年明け早々不幸の連続であった。
人間関係はぐちゃぐちゃになるわ色々あって金は飛ぶはキャベツ買って食べたら針金が入ってて舌に刺さるわと。
不幸ポイントというものがあるのならば天体望遠鏡辺りと交換できているのではないかと思う。(進研ゼミシステム)
ある一定の周期で人は不幸に見舞われる。
浅い人生ながらもこれは実証されている気がする。
人は誰しも幸せを手にしたいと願っているであろう。幸せしか起こらない世の中にしたいものではあるが実際そうはいかない。
幸せと相対して存在するのが不幸であるからだ。
恐らく幸せしか起こらない世の中であるのならそれを幸せとは思わないはずだ。
不幸という絶対悪がいるからこそ幸せというものを感じるのである。
しかしながら不幸が立て続けに起これば人は心が折れてしまう。
いくら鋼のメンタルの持ち主であろうが流石に不幸が連続して起こるとテンションぐらいは下がるだろう。
不幸が立て続けに起こり、人生に悲観し、そのままこの世を絶つ者もいる社会だ。
こいつと仲良くやっていく方法はあるのだろうか。
そんな時に出会ったのがさっきのBOØWYのモラルという曲だ。
人間は幸せになりたいとほざきながらも人の不幸が大好きである。
そんな不幸が大好きな人たちに対して不幸話を提供してあげればいいじゃないか。
自分の不幸話を笑いに変えればいいのだと。
それに気づいた僕は自分の身に起きた出来事をボヤくように笑いに変えるようにするのであった。
引かれるような不幸話は提供したらダメだよ。
サラバ、またいつの日か。